2019年08月01日

LSDをめぐる二つの本のご紹介

LSDをめぐる二つの本をご紹介します。

「LSD」の名付け親ヘンダーソンがそのLSDを紹介した本「LSD - 人に優しいトレーニング」、
そして、
その中でLSDを活用して全米25km, 30kmチャンピオンとなったオスラーによる練習法「長距離走者のためのコンディション作り」

この度、著者の許諾を得て、初の邦訳を公開致します。
どなたでも、閲覧、ダウンロード、コピー、再配布をしていただくことができます。いずれも無償です。
ただし、これらの本を商業目的で利用することはできません。

翻訳は、以下のリンクからどうぞ。(googleドライブです。googleアカウントは不要です。)
https://drive.google.com/open?id=11lVr4m-A5ru09zNqwuO1Ve9sUnOfccDY

PDF、Word、ePUBの3種類のファイルフォーマットがあります。
PCでの閲覧や印刷にはPDF版、
スマホでの閲覧にはePUB版をおすすめします。
視覚障がいをお持ちの方には、Word版からテキスト情報を抽出して自動読み上げソフト等でのご利用をおすすめします。


LSD - 人に優しいトレーニング
ジョー・ヘンダーソン著
Long Slow Distance - The Humane Way to Train (1969) 全訳

「LSDは単なるトレーニング方法なのではない。それは、スポーツというものを丸ごとどう捉えるかという問題なのだ。」(ヘンダーソン)
今日では、マラソンに向けたトレーニング法の一つだと思われることも少なくない「LSD」。当時26歳の若者だったヘンダーソンが唱えたLSDとは一体何だったのか、彼はLSDによって誰に何を伝えようとしたのか。1969年の初版からちょうど50年が経過した今でも、その価値は失われていません。その名付け親が初めて「LSD」を紹介した小冊子です。初版からちょうど50周年に日本語訳を出すことができました。山西先生のあとがき付きです。


長距離走者のためのコンディション作り
トム・オスラー著
The Conditioning of Distance Runners (1967) 全訳

「この本を書いた目的は、誰しもがランニングを楽しみ、そして走力を向上させることができるようにすることだ」(オスラー)
オスラーは、79歳の現在も現役の数学教授でもあり、かつては25k、30kの米国選手権優勝のトップランナーでもあった経歴を持った異色の人です。彼はさながら実験家のように徹底的に様々なトレーニング法を実践しました。
リディアードに倣い乳酸閾値以下の基礎トレーニング(base conditioning)に、独自の研ぎ澄まし(sharpening)と呼んだレース前のハイスピード練習。実験家オスラーの面目躍如です。
posted by miko at 19:59| Comment(0) | お知らせ

2019年07月27日

海洋大学キャンパススケッチ散歩

5月末、スケッチ会で東京海洋大学へ
キャンパス内をあちこちスケッチ散歩
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「緑に染まった観測台」
レンガ造りの観測台。ぐんぐん伸びる木々。全体的に緑っぽく仕上げてみた。
途中、園児たちがお散歩で通過。かわいいなぁ・・。

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「どっしり・越中島会館」
玄関側からスケッチ。三角と四角が複雑に組み合わさっていて面白い。

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「空に向かってで〜んとのびる明治丸」
やっぱり「明治丸」でしょう!
正面からスケッチ。
芝の海に浮かんで進むイメージに・・・
進むには帆が必要だが、まぁいいことにしよう

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「ポンド工事中」
何を工事しているんだろう?
前から気になっていた場所へまわってみた。
ゲートの奥に船着場、それに続く引き込み線。
そうか・・ここからいろいろ運び込んで海に出るんだな。
スケッチを始めると工事の誘導係の方がちらちら、こちらを気にして振り向いていた。申し訳ない・・。

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「貫禄満点一号館」
スケッチ会の集合時間までまだ少しある。もどって脇から一号館をスケッチ。
曲線と直線の組み合わせが綺麗。
ペンで細かい飾りをちょこちょこ描き込み、帰宅後、ほぼ一色で着彩。
このスケッチ5枚を東京海洋大学の「第4回 明治丸フォト・絵画コンテスト」に応募したところ、最後の「貫禄満点一号館」で準グランプリをいただきました。
審査員の方の言葉
「本大学の顔とも言うべき一号館の玄関をセピア調に抑えた色合いで明暗もはっきりさせて描いていただきました。レンガの質感、入っていく人物の描写も効いています」

スケッチ会帰宅後、その前にランニング大学の方から教えてもらっていたコンテストの存在を思い出し調べてみたら募集期限終了直前。「!!」慌てて送ってみたら・・・。
滑り込みセーフのような感じでの受賞でした。ありがとうございました。
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明治丸記念館内に受賞作品が一年間掲示されます。
フォト部門・一般絵画部門・子ども絵画部門とあり、見ごたえたっぷりです。
よかったら見にいらしてください。
posted by miko at 14:53| Comment(2) | スケッチラン

2019年07月14日

6月29日〜30日 東北被災地ランニング旅行(第8回) 妻同行 気仙沼大島

気仙沼ランニング旅行.jpg
東北大震災から8年が経ち、土地によって程度の相違はあるものの街も里も大きく姿を変え、剥き出しの瓦礫や廃墟を見ることは少なくなってきました。これを復興と言うか否か様々な考えがあるでしょうが、私の被災地ランニング旅行が観光的色合いを帯び始めたことは喜んでもよいことなのだろうと思います。

 金曜夜遅く釜石に着いて前泊。翌朝、三陸鉄道の始発便で大船渡(盛)、さらにBRTに乗り継いで気仙沼に入りました。

 気仙沼湾に浮かぶ大島に気仙沼大島大橋(鶴亀橋)が開通してフェリーで渡る必要がなくなってから、まだ3ヶ月と経っていません。その真新しい橋を渡って大島に入りました。橋前後のトンネルが面白い。橋前が浦島1号、浦島2号。島に入ると乙姫1号〜3号。

 龍宮城はと探すと、島の南端に「龍舞崎」(たつまいざき)。島北部は小高い山になっていて、これが「亀山」。浦島さんの亀さんが乙姫様を見おろしてる。唐桑半島から気仙沼湾まで一望のもとです。島の南北に伸びる背骨に沿って、亀と龍を走り訪ねました。今夜の民宿は島の真ん中にある。(海の幸のお料理がすさまじかった)

さて、
大島には胡桃の樹がたくさん自生していました。ピンポン玉ほどの緑色の房が、ここにも、あそこにも。静かな島の暮らしが思われます。

   平穏の 顔して実る 青胡桃

 架橋によって使われなくなった桟橋には、もはや人の姿もなく静かでした。近くでなにやら果樹の収穫をしていたご夫婦の話を聞きます。その果樹は唐桑(からくわ)、普通の桑の実より大きくて親指の先ほどもあります。葉を茶にする、黒く熟した実はジャムにするとおっしゃる。樹を植えて十数年、津波を免れ、子どもを育てるようだと。去年わずかだった実が今年は豊作とのことでした。

   唐桑の漆黒 島に笑み恵む
   桑の実の ほろりこぼれて 指甘し

 南の突端、龍舞崎にある店で食事を終え、出かけようとすると老主人と店の前で立ち話となりました。震災の時へと遡った話はぽつりぽつりと続きます。細やかな雨が静かに眼前の広場を湿していくのを眺めながら聴き続けていました。

   島の地に 浸む五月雨と 物語り

 島は気仙沼と陸続きになって生活が変わってゆくのでしょう。架橋の是非については長年の議論があったといいます。橋が現実となって、期待する声と懸念する声がありました。

   橋架かり 戸惑いまとう 送り梅雨

 翌日曜日は朝からしっかり雨になりました。旅先とあって残念ですが走れません。BRTで南三陸町まで移動すると、志津川の魚市場で月に一度の「福興祭」にちょうど出会いました。銀鮭、牡蠣、ほたて。豊富な幸。おいしい昼食にありつきます。ベテランの活気と若者の活気と。震災時には中学生くらいだったろうか。

   五月雨の中 福興の声若し

 二日目に天候が崩れたことで自分たちの足で踏むことのできた範囲は限られた旅行になりましたが、土地の方と多く接することができました。人々の表情は総じて明るい。その明るい表情の奥深くには、しかし、8年前から続いている苦しみがしっかりとそこに在ることもあらためて実感した旅でもありました。

 また、来よう。
posted by miko at 09:44| Comment(0) | 写真とレポート