2021年06月27日

「お元気ですか?大作戦」投稿リレー 「龍門山だより」 by 仲谷淳さん

[末尾に仲谷さんの紹介があります。]

みなさま、はじめまして。北島政明さんからお誘い頂き、飛び入り参加させて頂きました仲谷です。山と伝統工芸品が大好きなシニア世代です。何を紹介しようかと迷っているうちに、北島さんからお尻にマッチを当てられました。

 20年前に転職で郷里和歌山を離れ、島根県出雲市、茨城県つくば市、三重県津市を経て、この春、戻りました。我が家の裏山には、「紀州富士」と言われる龍門山(標高756m)があり、近畿百名山と関西百名山に選ばれています。久しぶりに、龍門山に登りましたので、紹介させて頂きます。

〇桃源郷ハーフマラソン会場からみた龍門山
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 私が住む紀の川市は、ミカン、ハッサク、モモ、カキ、ナシ、キウイ、スモモ、ウメといった果物の産地で、フルーツ王国としても有名です。マラソンでは、「あら川の桃」で知られる旧桃山町を中心に、一部、紀の川の堤防を走ります。写真は、その堤防からみた龍門山で、手前に桃畑が広がります。大会時期には、ピンクの桃の花が満開となり、とても綺麗です。機会があれば、ぜひご参加ください。
*「第16回紀の川市桃源郷ハーフマラソン」は、令和3年度の開催を中止し、令和4年度へと延期されました。

〇田代登山口から山頂を目指す
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野生化したキウイ

登山口は標高300m付近にあり、以前は、このあたりまで立派な果樹園が広がっていました。しかし、今では放棄された畑も増えています。写真は、登山口近くの放棄果樹園のものです。高齢化した農家にとっては、作物は作れても、短期間に行われる収穫は大きな負担です。「収穫の苦しみ」との言葉も耳にします。

〇心和ませるササユリたち
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登山道をしばらく歩くと、清楚なササユリと遭遇します。その後、頂上までには、疲れたころを見計らったように出現し、幸せな気分に。
ササユリの花ことばは、「上品」。

〇塵無池(ちりなしいけ)の周辺
塵無池は、田代登山口から山頂に至る標高470m付近にある小さな池で、龍門山の崩壊時に没落してできたようです。竜が出現したとの伝説があり、山の名前の由来になったとのこと。
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登山道の上には、池に向けて、矢印状に石が並べられていました。よく見ると、そばのスギの木にイノシシが泥を付けていました。人とイノシシの道しるべが一緒に並んでいるようで、ふと笑えました。
坪内稔典さんの「三月の甘納豆のうふふふふ」を思い出し、
登山道 いのししの跡や うふふふふ (失礼)

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水が少なくなっていたが、足の生えつつあるオタマジャクシがたくさん。

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 池(左)のそばに、イノシシが泥浴びをする円形の「ヌタ場」を見つけました。6月はイノシシの出産期ですが、付近には、子どもの小さな足跡が見つからないことから、まだ、生まれていない様子。ちなみに、先ほど見たスギの泥は、ヌタ場への道しるべ?

〇性転換する植物
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 テンナンショウの仲間は、性転換する植物として有名です。葉の数が小さいときは、生産エネルギーの少ない花粉をつくり(オス)、葉が多くなると実をつくる(メス)という。状況に順応した生活スタイルで、双方向に性転換する。動物では、魚類のクマノミなどが有名で、この場合は一方向のよう。

〇県指定天然記念物の磁石岩
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山頂近くには、岩全体が磁石となっている蛇紋岩の岩があります。コンパスを近づけると、針が振れます。

〇龍門山の山頂とそこからの眺め
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頂上には立派な標識があります。山頂からは北に視界が開け、中央構造線に沿った和泉山脈とその南を流れる紀の川が見えます。紀の川流域には街が、周辺の傾斜地には果樹園が広がって、のどかな田園風景を眺めることができます。有吉佐和子の小説「紀ノ川」の舞台にもなりました。頂上からは、西には淡路島が、北西には和泉山脈の合間に六甲山が見えました。下山ルートは、田代コースとは異なる中央コースを選びましたが、このコースについては別の機会にご紹介する予定です。
*気が付かれましたか。実は、紀の川と紀ノ川、さらに紀之川は、今も地元で混在しています。最近では、次第に「紀の川」となりつつあるようですが・・・。

〇登山道で出会った植物
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カキノハグサ

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タツナミソウ

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トラノオ

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シロイトソウ

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コウゾの実

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イノシシ一口メモ
 私はイノシシを対象に、動物社会の成り立ちについて研究しています。これまで、野外でイノシシを観察した時間は、おそらく10,000時間を超えます。ときには、36時間連続でイノシシを追いかけました。
ところで、最近、狩猟と農業被害対策などで、毎年50万頭ものイノシシが捕獲されています。おそらく、捕獲される前の生息数は100万頭を超えるでしょう。それほどたくさんのイノシシが全国に棲んでいるにもかかわらず、私たちがイノシシと出くわすことは、ほぼ皆無です。それは、イノシシが気を利かせて、人を避けて暮らしているからです。この写真は、木陰で休息する仲睦まじいイノシシの親子で、この様な母子関係は翌年の出産期まで続きます。密度は濃いが、短い親子関係でもあります。


仲谷淳さんは、私の大学時代からの長い友人であり、私の山登りの師匠でもあります。茨城県つくば市の公的研究機関でイノシシの専門家として活躍され、記事中にあるとおりこの3月に退職して故郷の和歌山に戻られました。動物に詳しい彼と山を歩いていると、鹿やイノシシ、熊などの痕跡を実地教育してもらうことができて、一味違う山歩きを楽しむことができたものです。
 一方、私からは走ると楽しいぞと言い続けていましたが今ひとつ効果があがっておりません。どうやら平地を軽やかに走るよりも登り下りの山道をのっしのっしと歩く方に魅力を感じているらしく、「走」も「歩」も同源と思えば、それもまた良しと思うのです。実家のお母様に親孝行できる生活となって、これから故郷で暮らしのリズムを作りながら、楽走プラス和歌山支部としてときどき山の話、イノシシの話など聞かせてほしいと願っています。ちなみに、私はわが師匠のお尻にマッチを当てたことはございません。無実です。[北島]


つづき

2021年06月25日

「お元気ですか?大作戦!」赤城山を眺めながらの朝の散歩と「浮いて待て」 by 田村祐司さん


(楽走プラスより:田村先生が監修なさった水辺の安全学習アプリをご紹介しています。末尾をご覧ください。)

みなさま、ご無沙汰しております。
お元気ですか。「楽走プラス」でみなさまにお話できることを嬉しく思います。

私は、前橋にある家の近くの赤城山南麓の林と林に挟まれた谷に整備された小さな森林公園の芝生で、時折朝の散歩&ジョギングをしています。
下の写真は、その公園での朝の散歩の一コマです。今は、モンシロチョウが盛んに舞う中で、色とりどりの初夏の花々が花壇が彩り、雨に濡れたアジサイの花が華やかに咲いていて、目を楽しませてくれます。
谷を下る小川からは、せせらぎが聴こえ、梅雨の今、夕方になると蛍が舞い始め、ほたる公園とも言われています。野球場もある小さな公園ですが、コロナの影響か、それともあまり知られていないのか、公園には人影がいつもほとんどなく、小さな静かな谷の公園を独占しているようで、申し訳ない気分です。鮮やかな夏らしい花も咲き始めてきました。
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林の中から、ウグイスの囀りも聴こえてきました。囀りをお送りします!

ランニングの世界・友の会が主催する「自然流ランニング大学」の学長で、2年前に長年教鞭をとられていた群馬大学と立正大学での教員生活を終えられた山西哲郎先生のお住まいがあり、本誌「ランニングの世界」編集委員の野口智子さんや詩人の萩原朔太郎の故郷でもある「水と緑と詩の街・前橋」は、赤城山南麓にある自然豊かな街です。写真は、前橋東部郊外の家の近くから眺める裾野の長い赤城山です。同じ前橋南麓の前橋でも、前橋北西部に住んでおられる山西先生のご自宅から眺める赤城山と、前橋東部の自分の家から眺める赤城山の姿は、少し違っています。赤城山に抱かれて生活している前橋市民は、長く住み慣れた自分の家から眺める赤城山が一番の眺めだと主張し合い、おもしろいものです。

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 さて、昨年10月の後期からは、学生も越中島に戻ってきて、対面授業も始まり体育授業も、いつもランニング教室で皆さんと一緒に走った青々とした芝生グランドでサッカー等で、学生たちも走り回っていましたが、12月末からのコロナ第2波により、再び対面授業の自粛でオンラインの生活に戻りました。
4月に新学期を迎え、再び対面授業ができるようになり、新学期恒例の隅田川・佃島マラニックでの体育授業は何とか予定通りに行えました。1.2年生全員300名を6クラスに分けて、隅田川の遊歩道をマラニックしながら所々でガイドをして、佃島の住吉神社と細い路地奥にある佃天台地蔵尊をお詣りしてきました。
しかし、マラニック授業が6クラス全て終わった翌週の4月下旬から再び、コロナ第3波による対面授業の自粛で、体育授業もオンライン授業と家の近くでの自主的運動に変更し、今年も昨年に引き続き、6月から実施予定であったプール水泳授業も中止に-せざるを得なくなりました。
そんな中、6月14日(月)のNHK朝の番組「あさイチ」で「水害・熱中症・落雷・水の事故 夏の“もしも”から命を守る方法」特集が放送され、その中で自分が所属している水辺の安全普及団体である水難学会による「水に落ちたら、背浮きになって浮いて待て!」の実演と解説が行われました。収録は5月末に都内の室内プールをお借りして行われました。先日の放映では、水難学会会長の解説に合わせて、番組の進行をしていた若い男性アナウンサーがプールで「背浮き」を実演し、自分も補足実技を行いました。
最後のまとめでは、水辺に行く時や河川洪水で避難する時は、ライフジャケットを着て行くことが大切で、もしライフジャケットが無い場合で、水中に転落したり、背の立たない深みにはまってしまった場合、さらには河川氾濫による洪水からの避難中に流されてしまった場合は、「背浮き」で浮いて呼吸が確保できると、溺水せずに生存できる可能性が高くなる!というストーリーで終わりました。
昨年は、コロナ禍で海やプールが閉鎖となり、暑い夏に身近な川で水遊びをする人々が増加した結果、水辺活動時の必須アイテムであるライフジャケットを装着せずに水遊びをしていて、深みにはまって、背浮きもできずに溺れて亡くなってしまったと思われる方々が、夏の期間だけでも前年より全国で20人も増加しました。コロナ禍が続く今年の夏は、魅力にあふれた水辺で遊ぶ時は水の事故予防のために、各自がライフジャケットを着て水遊びをしていただきたいと思っています。
水辺で遊ぶ時は、水難事故から自分の命を守るために、ドライバーがシートベルを締めるように、ライフジャケットを国民全員が着る習慣や文化が育っていって欲しいと思います。そして、もしライフジャケットを身に付けていないで水遊びをしている時に、水中の深みにはまってしまったり、水中に転落した場合は、自分たち水難学会が普及している「背浮き」になって鼻と口を水面の上に出して呼吸を確保し、消防の救助隊が通報を受けて現場に到着する全国平均8分以上、約10分間程度背浮きで浮いて待てると、助かる可能性が高くなります。昨年度、10年ぶりに改訂された文科省・小学校新学習指導要領の水泳運動の高学年では、従来のクロールと平泳ぎの他に、「安全確保につながる運動」として「背浮き」が新規に明示され、今後は溺水事故予防のために、全国の小学校で「かけ算九九」同様に「背浮き」を学ぶことが示されました。自分も7月中旬に、前橋に隣接する伊勢崎市内の小学校の4.5.6年生11クラスに対して、伊勢崎消防や前橋消防に所属する水難学会指導員と協力して、4日間、感染予防対策をしながら、「背浮き授業」をプールで行ってきます。

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みなさん、コロナが収束したら、また越中島でランニング教室を行いましょう。夏には走った後に、また皆さんで越中島のプールで水面をウォーターベットにして、プカプカ気持ちよく浮かんで、涼みましょう!
それでは、またどうぞよろしくお願いいたします。(2021.6月18日 記 田村祐司)


楽走プラスよりお知らせ:
<水辺の安全学習アプリ>

小学校5・6年生向けに日本赤十字、水難学会など6団体によって制作され、B&G財団から無償提供されています。水難学会副会長を務められている田村先生が監修なさいました。

 中日新聞の取材に田村先生は、「昨年はコロナ禍でプールや海水浴場が閉じられ、身近な川で遊ぶ人が増えた。ぜひアプリで安全について学び、水に親しんで。」とコメントなさっています。(中日新聞 2021/6/18)

2021年06月22日

「お元気ですか?大作戦」 私は今昔物語で by 鎮目雅男さん


投稿リレーいいですね。
ランニング大学で毎月お会いしていた原田さんご夫妻に会えなくなって寂しかったところです。

近況報告します。近所を走っています。

私の場合、在宅勤務になって、これまで週末だけ走っていたのが頻度は増えました。
しかし(マスクのせいで?)速度は落ち、一回あたりの距離は減りました。
でも気軽にふらふらと近所を走り回って(徘徊して)います。

まずは自宅の目の前のコミニティーセンターの裏の駐車場でウォームアップです。コミュニティセンターは今はコロナワクチンの会場になっています。

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裏の駐車場でウォームアップ。

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走る前に必ずやっているのが「ラジオ体操第一」です。
それに加えて「佐々木先生のストレッチの一部」「小林先生のドリルの一部」それに「山西先生のドリルも一部」をルーティンにしています。

この写真は佐々木先生のストレッチメニュー、懐かしい2016年の記録です。
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今日は三鷹駅方向に行きます。

まずは、連雀通りに出ていつもの大鷲神社にお参りしてから走り出します。
とても小さな神社です。アルコール消毒がおいてあります。
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つかの交差点付近から見た写真です
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下は、同じ場所の今から58年前の写真(三鷹市教育委員会発行の写真集 みたかの今昔から)私が小学1年くらい。自動車が古い、懐かしい。
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三鷹駅手前のJR中央線の陸橋です。三鷹跨線(こせん)人道橋と言うそうです。

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階段を上ると長い陸橋です。電車が好きな人で賑わいます。子供連れも多い。
私は端っこで腕立て伏せをします。

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線路から電車庫を望みます。

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65年前の写真、電車の車庫は同じですね。

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よく見ると、線路のレールでできています。頑丈だ。でもとても古いです。
太宰治もお気に入りでよく訪れていたとか。

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老朽化で撤去されるといった記事も出ていました。古いものを大事にしない社会は滅びるよ〜。と言いたいです。
古い人間も大事にしよう!鎮目でした。