2021年06月13日

NHK「チコちゃんに叱られる!」に山西先生出演 レポート by タカラレイコ

 みなさん、こんにちはー!

2021年5月21日のNHK総合テレビ番組「チコちゃんに叱られる!」に、山西先生が出演されてましたね。あいかわらずお元気そうで何よりです。
見逃した方もいるかと思いますので、レポートいたします。

[各写真は、同番組からの引用です。]

 「ぼーっと生きてるとわからない、違いのわかる大人クイズ」コーナーで、「ジョギングとランニングの違いは何?」という件に、ランニング学会顧問として解説を。

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〇後ろの棚には、先生が編集主幹の雑誌『ランニングの世界』が!

明確な定義はないけれど、ランニング学会としては「走る目的」としている、と。
ジョギングは「心と体の健康づくり」、ランニングは「楽しみながら記録に挑戦する」が目的とのこと。

 なるほど〜。。走るスピードや距離ではないのですね。。
 私は毎日、近所の公園をゆるめのペースで5〜10km「ジョギング」していますが、もし、クリアしたいタイムや距離を設定してしっかり走った場合は「ランニング」になるわけですね。

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 〇箱根駅伝で伴走車から指示を与える、若き日の山西先生の姿も。

ちなみにマラニックは、両方の目的要素を持ってるハイブリッド版と言えそうな気もw
いずれにせよ、「走ることを楽しむ」のが山西流ですよね!

 この秋からは、国内のマラソン大会も少しずつ復活しそうな動きも見られるので「ランニング」の機会も増えそうですね。

 ジョギングもランニングも、走ることにはもちろん変わりなく。
 楽しみながら、マイペースで走ることをいつまでも続けたいな、とあらためて思いました。
posted by miko at 12:53| Comment(2) | 写真とレポート

2021年04月17日

第12回 備中高梁歴史街道ウルトラマラニック (4月11日開催)レポート

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本年4月11日に、コロナ禍など多くの困難を乗り越えて開催されました。
アドバイザーとして参加された山西哲郎先生から当日の感想が寄せられました。

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ここに自由なる走春がやってきた。
一昨日は岡山高梁マラニック、これは感動の一日でした。
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この備中高梁歴史街道ウルトラマラニックは、村松達也氏を委員長とする吹屋歴史街道マラニック実行委員会が主催しています。アドバイザー、山西。言い出しは西村かおる氏(ランニングの世界・友の会会長)。もう11年やってきた大会でしたが、昨年は中止せざるを得ませんでした。しかし、今年は必ず実施するとの強い意志のもと、村松委員長はじめ、市や町、村の人たちで相談に相談を重ねて、ゴーサインが出たのです。

4月11日の星降る午前4時、吹屋の会場で受付開始。4時半に開会式で、村松氏がコースなどを説明。気温零度の会場で震えている参加者のみなさんを前に、山西は準備体操を行いました。そしてランナー200名は、高梁市長のピストルの合図でスタートです。
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コースは、一昨年までは高梁市スタート・吹屋ゴールだったところ、今回は吹屋スタート・ゴールになりました。4,5qの坂道が2,3か所増え、むしろ、難コースです。

寒さに震えながら走り始め、やがて大陽が顔を出すと、その光の明るさと暖かさでランナーの表情は輝き、走るリズムは柔らかくなっていきます。桜は散り始めていましたが、山桜と薄緑の若葉が広がり、菜の花畑が黄色に浮かびます。その中をゆっくりと走る仲間は次第に自然に溶け込み風景を創ってくれるようです。まさに、自然走マラニック。
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最初から最後まで、ランナーたちは適度な間隔をとり、マスクをしてのコロナ対策。そして8、9か所のエイドでは、感染防止対策として机の上にドリンクやおにぎりなどが置いてあり、自ら取って飲食する方式でした。

はじめは下り、中間からは上りの坂道が多くなりますが、個人の走力や練習慣れによってコースを選び、60qにするか70qにするかの距離が決まってきます。その選択が自らの挑戦にもつながるのですが、むしろ自分が選んだ自由さが楽しさとなって「私は60キロで楽しみます」と言ってくれるのです。坂道が多い70q組は、挑戦的な気持ちを出して「気合入れていきます」。走る言葉は各自の身体の言葉ですね。
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成羽、・・備中・・沈下橋・・夫婦岩・・といったエイドでの地元の方や走る仲間との語り合い。走ることは、風景や自分、そして友と対話して考える時間となっていきました。

前回までは後半になると景色は暗くなってきていましたが、今回は早朝スタートだけにゴールするまで明るく、いつもとは違い自然は走りを支えてくれるに違いありません。
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そして、午後2時ごろから明るいうちに、いつものラ・フオーレ吹屋にほとんどのランナーがゴールしたので、僕はびっくり。
皆、スマイルで「楽しかったです」、「ほんとにうれしいです」、「最後まで行けました」、「坂道も意外に楽しかったです」、「自然がきれいでした」と口々に。そして、ほぼ全員から「来年も来ます」の言葉にまたびっくり、感動の僕。これほどうれしい言葉が、今年の大会の証でした。
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コロナ禍で日々のランニングも困難でしたが、生活の中で、皆が工夫して苦労して走りを創り上げた成果が、本当のランニング文化を創ってくれました。
長年関わってきた僕にプレゼントをしていただいたような気持になってしまい、ありがとうを繰り返す僕だったのです。

2021.4.12  山西哲郎

好天に恵まれ!の言葉がそのまま当てはまる一日でした。
裏方一同、「やはり、開催してよかった」という思いです。

参加賞の「ランニングの世界」にも書きましたが、まさにソーシャルキャピタルを実感した日となりました。
・コロナ禍にありながら、自宅トイレをランナーに解放してくださった方。
・ダム沿い旧道を箒とスコップで裸足で走れるほどキレイにしてくださった方。
・コロナ対応でもてなしは出来ないのでせめて花でもと梨の木を切って飾ってくれた集落の皆様。道案内まで買って出てくださいました。
・自宅商店の前に色とりどりのTシャツを飾り大きな応援看板を作って応援してくださった方。明日から来年のプランを練るんじゃ!と嬉しくて泣けそうでした。

何より、嫌というほど登らされた坂だらけのコースに、準備不足のような運営に不満いっぱいだったでしょうに、ゴールすると満面の笑顔で喜んでくださったみなさま、ほんとうにありがとうございます。

備中高梁歴史街道マラニック
村松達也
posted by miko at 11:37| Comment(1) | 写真とレポート

2019年07月14日

6月29日〜30日 東北被災地ランニング旅行(第8回) 妻同行 気仙沼大島

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東北大震災から8年が経ち、土地によって程度の相違はあるものの街も里も大きく姿を変え、剥き出しの瓦礫や廃墟を見ることは少なくなってきました。これを復興と言うか否か様々な考えがあるでしょうが、私の被災地ランニング旅行が観光的色合いを帯び始めたことは喜んでもよいことなのだろうと思います。

 金曜夜遅く釜石に着いて前泊。翌朝、三陸鉄道の始発便で大船渡(盛)、さらにBRTに乗り継いで気仙沼に入りました。

 気仙沼湾に浮かぶ大島に気仙沼大島大橋(鶴亀橋)が開通してフェリーで渡る必要がなくなってから、まだ3ヶ月と経っていません。その真新しい橋を渡って大島に入りました。橋前後のトンネルが面白い。橋前が浦島1号、浦島2号。島に入ると乙姫1号〜3号。

 龍宮城はと探すと、島の南端に「龍舞崎」(たつまいざき)。島北部は小高い山になっていて、これが「亀山」。浦島さんの亀さんが乙姫様を見おろしてる。唐桑半島から気仙沼湾まで一望のもとです。島の南北に伸びる背骨に沿って、亀と龍を走り訪ねました。今夜の民宿は島の真ん中にある。(海の幸のお料理がすさまじかった)

さて、
大島には胡桃の樹がたくさん自生していました。ピンポン玉ほどの緑色の房が、ここにも、あそこにも。静かな島の暮らしが思われます。

   平穏の 顔して実る 青胡桃

 架橋によって使われなくなった桟橋には、もはや人の姿もなく静かでした。近くでなにやら果樹の収穫をしていたご夫婦の話を聞きます。その果樹は唐桑(からくわ)、普通の桑の実より大きくて親指の先ほどもあります。葉を茶にする、黒く熟した実はジャムにするとおっしゃる。樹を植えて十数年、津波を免れ、子どもを育てるようだと。去年わずかだった実が今年は豊作とのことでした。

   唐桑の漆黒 島に笑み恵む
   桑の実の ほろりこぼれて 指甘し

 南の突端、龍舞崎にある店で食事を終え、出かけようとすると老主人と店の前で立ち話となりました。震災の時へと遡った話はぽつりぽつりと続きます。細やかな雨が静かに眼前の広場を湿していくのを眺めながら聴き続けていました。

   島の地に 浸む五月雨と 物語り

 島は気仙沼と陸続きになって生活が変わってゆくのでしょう。架橋の是非については長年の議論があったといいます。橋が現実となって、期待する声と懸念する声がありました。

   橋架かり 戸惑いまとう 送り梅雨

 翌日曜日は朝からしっかり雨になりました。旅先とあって残念ですが走れません。BRTで南三陸町まで移動すると、志津川の魚市場で月に一度の「福興祭」にちょうど出会いました。銀鮭、牡蠣、ほたて。豊富な幸。おいしい昼食にありつきます。ベテランの活気と若者の活気と。震災時には中学生くらいだったろうか。

   五月雨の中 福興の声若し

 二日目に天候が崩れたことで自分たちの足で踏むことのできた範囲は限られた旅行になりましたが、土地の方と多く接することができました。人々の表情は総じて明るい。その明るい表情の奥深くには、しかし、8年前から続いている苦しみがしっかりとそこに在ることもあらためて実感した旅でもありました。

 また、来よう。
posted by miko at 09:44| Comment(0) | 写真とレポート